ちょっとした書き物の下書きでも・・・
完成したらココログからHPへ移そうかな^^
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記憶の中にのこっているの父親の姿はもう無い
離婚して父親がいないと聞かされたいたが
意味など理解していなかった
他の家となんか違うなって思っていただけだった。
保育園には行っていた気がするけど幼稚園には行っていない
小学生になった時に気がついた
周りには知ってる子なんていなかった
低学年の頃、誰と仲がよかったのかまったく覚えていない
高学年になるぐらいでやっと今でも親友といえる友達ができた
小学生時代は楽しさ半分、怖さ半分だった気がする
周りから見れば明るく楽しそうにしていたように見えるかもしれない
実際は違う・・・
きっかけは何だったかわからない
給食後の昼休み校庭でみんなで遊んでいたが
いつの間にかその輪に入れなくなっていた
相手に悪気があったのか無かったのかは知らないが
嫌なあだ名もつけられた、たいした事ではないと思われている言葉でも
僕は傷つき続けていた。
何が気に食わないのか小学生時代によくやっていた小テストで100点をとった
クラスメートに執拗にイチャモンを付けられた記憶がある。
意味も無く殴られたことは高学年になるほど多くなってきた
はっきり言ってほとんどのやつが嫌いだった気がする。
この傾向は高校生活になっても変わらなかった
嫌いなやつは嫌いだった、意味の無い暴力、言葉の暴力、無意味なしつけ
今でも覚えている。
ただ太っているだけという理由だけで廊下の雑巾がけを小学校の先生から30往復やるようにと。
尊敬する人とその理由を書かされる機会があった。
ちょうど国語の時間で田中正造(漢字違ったらすいません)と書き
理由はそののような人がたくさんいれば世の中が変わると。
それについての先生のコメントが「ほんとにそう思っているのか、本当だったらすばらしいね」とそのコメントがやたらに引っかかったのを今でも覚えている。
こんなこともあった
友人たちと道路で水鉄砲で水をかけあって遊んでいた
少し騒ぎすぎていたせいか近所のおばさんに起こられた
小さいながらも反論した
道路で遊んで何が悪いんですか?
貴方の道路なんですか?
みんなの道路ではないんですかと
今思えばほんとに可笑しなことを言ってるようなきがするけど
言わなければいけないと思ったときは誰が相手だろうと発言してきた
そういった後に返ってきた言葉がとてもショックだった
○○君、うるさい!!いい加減にやめなさいと、ここまでは理解できたが最後に・・・
このデブ早くどっかへ行きなさいと・・・
ちなみに名前は自分の名前ではなかったがあきらかに自分に言っていた
最後の言葉は今でも理解出来ずにいる。
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